こんにちは、生活期専門の補装具製作所「装具ラボSTEPs」代表 義肢装具士の三浦です。
今回は「義足の未来を変える会」の代表として講演活動や情報発信をしている大塚一輝さん(義足パパかずさん)への取材記事です。
大塚一輝さん(以下、大塚さん)は高校生のとき、骨肉腫によって人工膝関節を入れ、現在は右大腿義足ユーザーとして生活しながら、情報発信を続けています。
SNSでは明るく前向きな姿が印象的な大塚さんですが、そこに至るまでには長い葛藤がありました。
今回は、切断を決意した理由、義足になってからの生活、そして現在の活動についてお話を伺いました。
取材をお受けいただいた、大塚一輝さんの活動、講演依頼はこちらをご覧ください↓
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義足パパかず(本名 大塚一輝)
プロフィール
義足ユーザーとして、二児の父として、前向きに生きています。
17歳で骨肉腫を経験し、33歳で右脚を膝上から切断。現在は大腿義足で生活しながら、看護師の妻と子どもたちと共に、笑顔あふれる毎日を過ごしています。
ブログやSNSでは、義足のリアルな日常や障害者の転職・婚活・子育ての体験談を発信。さらに学校や地域での講演会・出前授業を通じて、「義足ってかっこいい」「障害は個性」という新しい価値観を届けています。
講演依頼・取材・ご相談など、ぜひお気軽にご連絡ください。
骨肉腫発症と切断までの経緯
大塚さんは高校生のときに骨肉腫を発症。
※骨肉腫とは、骨にできる「がん」の一種。特に10代〜20代の若い人に多く、太ももや膝まわりの骨にできやすい特徴がある。
腫瘍(がん)ができた骨を大きく切除する必要があったため、切除した部分を補うために腫瘍型の人工膝関節を入れた。
腫瘍型の人工膝関節は、加齢による変形性膝関節症で入れる一般的な人工膝関節と大きく異なる。
一般的な人工膝関節はすり減った関節表面を人工関節に置き換えるため、もともとの骨をなるべく残して靱帯や筋肉へのダメージが少ない方法で手術を行う。
一方で、骨肉腫 で入れる人工膝関節は、「腫瘍を大きく切除したあとに足を再建する」ためのもの。
骨を大きく切除するため、筋肉や靱帯も切除する場合があり、神経や血管にも影響が出ることが多い。
大塚さんの場合も、人工関節置換術後に右下肢の麻痺が残り、下垂足の状態となった。
その後は、短下肢装具とロフストランドクラッチを使用しながら、約15年間生活してきた。
しかし、歩きづらさは常にあったという。さらに、人工関節には感染リスクがあり、発熱や足の腫れが起こるたびに抗生物質で抑える生活が続いた。
「いつ悪化するかわからない」という不安を抱えながら生活する中で、医師からは
「義足になるなら若いうちの方がいい」
という言葉もかけられていた。
そして33歳のとき、大塚さんは右足の切断を決意した。

切断を決意するうえで、大きかった“家族の存在”
18歳で障害者手帳を取得し、27歳で結婚。
切断を考える頃には、妻と子供がいる生活になっていた。
大塚さんが最も悩んでいたのは、医学的なことだけではない。
「妻や子供が、足を失った自分をどう思うのか」
「父親として受け入れてもらえるのか」
そういった“生活そのもの”への不安がとても大きかった。
主治医は治療のメリット・デメリットについては説明してくれる。
でも、「実際の生活がどう変わるのか」「周囲の反応がどう変わるのか」といった、本当に知りたい部分についてはなかなか聞くことができなかった。

そんな中、背中を押したのは奥様の言葉だった。
「どんな道でも私は応援するよ」
その一言が、切断への決断につながった。
「妻がいなければ、切断には踏み切れなかったかもしれないですね」
大塚さんは当時を振り返ってそう語った。
義足になってからの生活
切断後すぐに全てが順調だったわけではありません。
特に最初の1〜2年は、断端の変化によって義足の適合にかなり苦労した。
大塚さんは仕事も続けており活動量が多かったため、
- 断端の形の変化
- 体重変化
- 水分量の変化
などによって、義足が合わなくなることも多かったという。
義足の履き方や調整方法、日常生活なども、試行錯誤しながら少しずつ覚えていって、現在では大きな問題なく生活できており、杖なしで歩くことも可能になった。
また、退院後に義足をどこで作るかも重要な問題だった。
最初の義足は、入院していた病院と提携している製作所で作製したが、現在は、自分で情報を集め、義足製作件数の多い愛知県の大きな製作所に通っている。
そこには義足専門の義肢装具士がおり、設備面も充実しているため、安心して製作や調整を任せられている。
一方で、県外まで何度も通う必要がある点については、仕方がないと思いつつも大変さを感じているそうだ。
「義足になってからの方が明るくなった」
切断前、大塚さんが最も不安に感じていたのは家族との関係だった。
しかし実際には、家族との関係は切断前と変わらず、とても良好だという。
むしろ奥様からは、
「義足になってからの方が性格が明るく前向きになった」
と言われることもあるそうだ。
義足になったことで、感染への不安や歩きづらさによるストレスから解放された部分も大きかったのかもしれない。
また、切断という大きな壁を乗り越えたことで、同じような境遇で悩んでいる人や、障害によってふさぎ込んでいる人の力になりたいという思いが生まれた。
障害者に対する偏見や「かわいそう」といった間違ったイメージを変えていきたいという、新たな希望や目標を持てたことも大きかったという。

講演を通じて子供たちの価値観が変わる瞬間
現在大塚さんは、ブログやSNSを通じて、義足のリアルな日常や障害者の転職・婚活・子育ての体験談を発信している。
さらに学校や地域での講演会・出前授業を通じて、「義足ってかっこいい」「障害は個性」という新しい価値観を届けている。
講演活動の中で、大塚さんが特に印象的だと感じている場面がある。
学校での講演の際、講演を聞く前の子供たちに
「お父さんやお母さんが義足だったら恥ずかしいと思う人?」
と聞くと、多くの子供たちがためらいながらも手を挙げる。
しかし講演後には、
「義足ってかっこいい!」
「かわいそうじゃない!」
と話してくれる子もいるという。大塚さんは、こうした変化こそが講演活動の意味だと感じている。
義足だけでなく、障害を持つ人への偏見が減り、多様性を認め合える社会につながっていく。
そのきっかけを作りたいという思いで、活動を続けている。

講演活動を始めたきっかけ
街中を義足で歩いていると、子供たちは興味を持ってじっと見てくることがある。
でも、そのとき多くの親は、
「見ちゃダメ」
「話しかけちゃダメ」
と子供を止める。大塚さんは、その反応に強い違和感を覚えたという。
そこには、
- 障害者はかわいそう
- 不幸そう
- 触れてはいけない
というネガティブなイメージがある。
でも実際には、障害があっても楽しく、幸せに暮らしている人はたくさんいる。
そのことを知ってほしい。そんな思いから、講演活動を始めた。
そのため、今後は子供向けだけでなく、
- 医療職を目指す学生
- 医療従事者
- 子育て中のお父さんやお母さん
など、大人に向けた講演活動も広げていきたいと考えている。
そのためInstagramやYouTubeでは、難しい話ではなく
「家族と過ごす日常」
「普通に楽しく暮らしている姿」
をありのままに発信して、ふだん障害との少ない、多くの人に見てもらいたいと思っている。

以上が、大塚一輝さんへの取材記事でした。
私自身も子供を育てる親として、障害に関することはとてもデリケートで、一括りにして語れるものではないと感じています。
だからこそ、「どう子供に伝えればいいのか」と迷うことも少なくありません。
実際に当事者の話を聞き、関わることでしか得られない学びもあります。
大塚さんの講演活動は、単に義足について知るだけでなく、多様性や人との向き合い方を考えるきっかけにもなっていると感じました。
これからも、大塚さんの活動によって価値観が変わる子供たちや大人が増えていくことを期待しています。
冒頭にも載せましたが、取材をお受けいただいた、大塚一輝さんの活動、講演依頼はこちらをご覧ください↓
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