こんにちは、生活期専門の補装具製作所「装具ラボSTEPs」代表 義肢装具士の三浦です。
今回の記事は、SNSを通じて出会った女性の装具ユーザーNさんへの取材をもとにまとめたものです。
Nさんは、明確な診断名がつかないまま、歩きにくさと向き合い続けてきた方です。病名がないということは、治療方針が定まりにくいだけでなく、装具を作る際やその他の支援を受ける際にも困難が生じるという現実があります。
取材では、Nさんがこれまで経験してきた装具づくりの経緯、制度の壁に直面したときの不安、そしてこれからの社会に求めることについてお話を伺いました。
記事内では、プライバシーに配慮し、お名前や所属、地域など個人が特定される情報は伏せています。
診断名がないという理由で支援からこぼれ落ちてしまう人たちの声を、ひとりでも多くの方に知ってもらうきっかけになればと思います。
病名がないことで難航する装具作製
最初の受診は「つまずきやすさ」を感じて
Nさんは子どものころから、他の人と少し歩き方が違うとは感じていたが、日常生活に大きな支障はなかった。
ところが大人になってから、つまづきやすさや足の疲れを感じるようになり、神経内科を受診した。しかし、特定の診断名はつけられなかった。
とりあえず現状の歩行改善のため、近隣の靴屋さんでインソールを作ることを勧められた。
Nさんは靴屋さんでインソールを作ってもらったが、足に合わず何度も調整をしてもらううちに担当者から
「あなたは普通のインソールでは難しいから、整形外科で保険適応のインソールを作ってもらった方が良いでしょう。」
との助言を受けた。
Nさんは言われたとおりに整形外科を受診するが、こちらでも「特に整形外科的な疾患は見つからない。神経内科で診てもらっては。」と言われてしまう。
原疾患(身体におこるさまざまな症状の元となる病気)はわからないものの、Nさんの歩きにくさの原因は『下垂足』であることが告げられる。
原因が下垂足であるなら、ということでNさんは既製品の短下肢装具「オルトップ」が左足に処方される。
オルトップに関して詳しく知りたい方はこちら↓
Nさん本人はオルトップを着けても特に歩きやすさは感じず、依然として歩き方は人と違うし、転びやすさや疲れやすさも改善されなかった。
ついにNさんはクリニックでは診きれないから、と総合病院への受診を勧められる。
総合病院でさまざまな検査を受けたが、それでもNさんの症状の元となる病名がつくことはなかった。
歩容の悪化、そして新たな装具へ
そうこうしているうちにNさんの症状は変化し、歩容は悪化する一方だった。そこで「オルトップでは左足の内反をとめ切れていないから」という理由で、今度は「タマラック足継手付き短下肢装具」が処方された。
タマラックに関して詳しく知りたい方はこちら↓
タマラック足継手付き短下肢装具は歩行こそは良くなったものの、装具が大きく目立つ上に、左右でサイズが全く異なる靴しか履けなかったり、着る服が制限されたり、といった様々な不便が生じた。
Nさん本人は確かに装具を着けることでつまずきやすさが改善されたことを実感し、前向きに装具を使用して生活していこうと考えたが、Nさん以上に戸惑ったのはNさんの家族だった。
ご家族からすると、健康に育ったはずの子が、特に大けがをしたわけでも大病を患ったわけでもなく、大きな装具を履いて歩く生活になってしまったことが受け入れられなかったのだろう。
本当にこの装具が必要なのだろうかと疑っても、病名がなければ調べることもできないし、同じ病気を持った誰かの体験談を聞くこともできない。
そんな家族の気持ちと、病名がいまだにはっきりと診断されていないことから、Nさんは今でも身体障害者手帳を取得できていない。
病名がないということで、治療方針が定まらないだけでなく、装具も制度もあいまいなまま。本人と家族は宙ぶらりんの状態で、生活を続けることになる。
実は、この病名がはっきりと診断できない未診断疾患患者さんは「未診断疾患イニシアティブ(IRUD)」の全国調査によると、日本に少なくとも37,000人もいるとの推計がされている。
世界的に見ると診断が難しい希少疾患の種類は7,000~10,000種類もあり、病気はあるが診断名がつけられない人の割合が人口の7~8%との報告もある。
医療が進歩した現代でも「病名がないけれど苦しんでいる人」はたくさん存在するのだろう。
自分に合う製作所を、自分で見つけ出す
Nさんは装具に関してインスタの画像検索や、Xでのやりとり、対応してもらった専門職に直接質問するなどして、積極的に情報を集めるようになる。
病院で作った装具はデザインも色も何も自分で選ぶことはできなかった。医師と担当セラピストが相談し、自分が知らないところで装具の仕様が決まっていくことにも、違和感を感じていた。
病院によって決まった製作所でしか装具が作れないこと。
作る製作所によって使えるパーツやデザインが大きく異なること。
装具を見る人によって装具の適合基準(合っているかどうかの判断基準)が大きく変わること。
装具について知れば知るほど、納得できないことばかりだった。
「自分が今後ずっと付き合っていく装具だから、自分でしっかりと調べて選びたい」それは、装具ユーザーとして当然の思いだった。
NさんはSNSでの発信を見たり、他のフォロワーからの口コミで良いと思った製作所に見学に行くなどして情報を集めた。
そして見つけたのが隣県にある、靴と装具を専門にする補装具製作所だった。
しっかりとNさんの症状を確認したうえで、デザインの希望を聞き、便利な補助パーツの提案、そして装具の上に履くことが出来るカスタムシューズの提案など、以前の製作所では考えられなかった選択肢が提示された。
その中でも、もっともNさんにとって革新的だったのは「固有受容器インソール」である。
固有受容器インソールとは
インソールの特定のポイントに小さな突起や盛り上がりをつけて、足裏の固有受容器(身体の位置や動きを感じ取るセンサー)を刺激することで「姿勢を整える」「歩行を安定させる」「筋肉の動きを調整する」などの効果を狙ったもの。効果には個人差があり、刺激が合わないと逆にバランスを崩すこともあるので、しっかりと時間をかけて評価したうえで使うことが大切。
最初は痛みや違和感を感じることはあったが、調整して慣らしていくうちに、歩行時の筋肉の緊張が減少し、歩きやすさを感じられるようになった。
今は、右足は固有受容器インソールのみ、左足は固有受容器インソールを備えたタマラック継手の短下肢装具を使用することで、症状がかなり安定したという。
隣県なので気軽に行ける距離とは言い難いが「次回の装具作製も、同じ製作所で同じように装具を作ってもらいたい」と落ちついた様子で語った。
装具ユーザーとしての本音
「装具を着けていて困ったことは?」とNさんに問うと「正直、困ったことはたくさんあります」と少し笑いながら答えてくれた。
見た目の問題
まずは装具の見た目の問題。
最初の装具はサラシのような真っ白で「もう少しナチュラルな白ならいいけど、さすがに白すぎ…」と思ったという。
色もデザインも選べない。大人になってからでも「身に着けるものを自分で選べない」というのは、意外とストレスが大きい。
痛みや歩きにくさ
そして何より、痛みや歩きにくさ。
「合ってないのかな?と思っても、誰に相談したらいいか分からない。」
「痛い…と言っても、これが一番痛くないタイプの装具だと言われた。」
「痛みの場所や原因が、自分では正確に説明できない。」
自分では確かに痛みや歩きにくさを感じていても、それを人に伝えて装具を改善してもらうのは簡単なことじゃなかった。
誰に相談していいのかわからない
装具ユーザー同士で話せる機会もほとんどなく、相談できる相手が見つからない。
街中で装具を着けて歩いている人を見かけると気になるが、まさかいきなり知らない人に声をかけるわけにもいかない。
Nさんにとって、同じ境遇の人と話ができない不安は、想像以上に大きかった。
理学療法士や義肢装具士に見てもらえている今は落ち着いたけど、そこにたどり着くまでが本当に長かった。
修理や調整の問題
装具を着けてからの、修理や調整も大変だった。
「最初のころは1か月に1回ぐらい壊れたり痛くなったりして、そのたびに工場に出向いて調整をお願いしてました。」
工場で担当者に調整してもらっても、別の病院で見てもらうと「これダメですね」と言われることもあり、遠回りをして別の担当者に修理してもらうこともあったと言う。
「いったい何を信じたらいいのか分からない」と感じることもあった。
制度面の問題
制度面でも不便は多い。Nさんが加入する社会保険では予備の装具は作れない。
「仕事に行くときも外出するときも、常に一つしかない装具に頼っているから壊れた時が不安。」
装具ユーザーとして、当然の心配だと思うが、制度上は予備装具の支給が認められないことが多い。
また、病名がはっきりとせず症状が安定しない状態では、身体障害者手帳の取得も難しかった。
現状では、苦労して手帳を取得しても制度上のメリットが薄いと感じたので、身体障害者手帳は取得していない。
装具の選定について
受診した医師の好みで装具の仕様が決まっていくように感じたこともあるという。
装具の後方バンパーに服が挟まったり、靴が履きにくかったり、小さな不便が日常に積み重なっていく。
製作所に相談しても「他にやりようがない」と言われる。
Nさんのように、自分で情報を集めて積極的に製作所探しをできる人は、実はそれほど多くない。
実際は「仕方がない」と諦めて使うか、自己判断で装具の使用をやめてしまう人も多い。
専門用語の問題
「専門用語が多すぎて、何を言われてるのか分からないことがよくあります。」
と、Nさんは首をかしげた。
医師や靴屋さん、義肢装具士、理学療法士がそれぞれの立場で説明してくれるけど「除圧」「免荷」「背屈制動」――その言葉の意味が分からないまま、話が進んでしまう。
説明が理解できないだけでなく、Nさん自身が医師の言ったことを義肢装具士へ、義肢装具士が言ったこと理学療法士さんへ、と伝えなければいけない場面も多かった。
「私が情報を伝達しないといけないなら、もっと理解できるように説明して欲しかった」
とNさんは言った。
装具に関する情報の不足
「装具を着けてこの姿勢は大丈夫?この動作はしても良いの?」と、装具をいざ日常で使ってみて感じる疑問も多かったという。
装具が破損して工場を訪れると
「装具を着けてそんな姿勢をとったら、破損するよ。」
と言われたことがあって、それならもっと最初に注意してほしかったと感じた。
また、SNS上で知り合った装具ユーザーさんから
「装具を日中ずっとつけているなら、エコノミークラス症候群に気を付けた方が良い。」
とアドバイスをもらったり、病院では得られない情報があることも感じたという。
重視するポイントは?
最後に、自身の装具において最も重視するポイントは?と聞くと、こう答えてくれた。
「①好きな靴が履けること
②装具のデザイン
③安定して歩けて、軽いこと」
義肢装具士の視点で言えば、機能や適合性を最優先に考えがちだ。
けれど、Nさんにとって大事なのは「生活の中でいかに自然に使えるか」
機能性や安定性はもちろん大切。でも、その前に「自分らしい生活ができる装具」であることが最も重要なポイント。
Nさんの言葉は、装具をただの「医療器具」ではなく「生活の一部」としてとらえる視点を、思い出させてくれた。
診断がなくても、生きづらさに寄り添える社会に
Nさんの装具作製は「病名がない」という一点によって、何度も立ち止まらざるを得なかった。
診断がつかないことで、制度の支援を受けにくく、障害者手帳も取得できず、装具の作製にも難航する。
それでもNさんは、自分で情報を集め、義肢装具士や理学療法士に相談しながら、自分の身体に合った装具を探し続けてきた。
その行動力が、いまの安定につながっている。
けれど、その「特別な努力」をした人だけが、安定にたどり着ける社会ではいけない。
本来、診断があってもなくても、誰もが安心して装具を作れて、必要な支援を受けられる仕組みが必要だ。
Nさんが感じた戸惑いや孤独は、決して個人の問題ではなく「病名がない人」を想定していない社会制度が、多くの人を“見えない存在”にしてしまっている。
「困っている人が困らないための社会の仕組み」を考えるとき、Nさんの経験が一つの指針となるだろう。
この連載では、装具とともに暮らす方々のリアルな声を届けています。
「自分の経験も誰かの参考になれば」と思ってくださる装具ユーザーさんがいれば、ぜひご連絡ください。
装具を通して見える日常や思いを、あなたの言葉で聞かせてください。
取材を受けてくださる方は、各SNSのDMもしくは問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。
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